ご挨拶

若林 俊彦
  • 名古屋大学大学院医学系研究科
    脳神経外科学教授
    若林 俊彦Toshihiko WAKABAYASHI

若林 俊彦教授から医療関係者皆さまへのメッセージ

名古屋大学医学部脳神経外科教室独立後の第4代目教授(日本脳神経外科学会初代会長の齋藤眞博士着任からは7代目)として2008年に就任してから、ほぼ10年が経過しました。教授就任当初に、「迅速化、組織化、国際化」を我が教室の掲げるスローガンとし、様々な対策を検討し試みてきました。その遂行には、400名にも達する名大脳外科同門の方々や中部地方会の新旧のメンバー、更には景山直樹先生以来の御弟子さんで全国に輩出され現在第一線で御活躍されている方々からの多大なるご支援やご声援を賜り、思い切り背中を押されて奮い立たされて参りました。定例の脳神経外科同門会も、2016年冬には第60回目記念大会を迎えます。そこにいつも多数の同門の先生がご参集下さり、会を盛り上げてくださることは医局運営を任された者にとって最大級の喜びであり、感謝に尽きません。現在、これら同門のメンバーとスクラムを組んで、若手研修医の脳神経外科教育制度の見直しを実施し、医局での教育カリキュラムを再編して、医学生、大学院生、初期及び後期研修医(専攻医)の脳神経外科医への脳神経外科誘致活動を大々的に展開しています。それぞれの地で様々なメンバーとの交流を介して感じることは、名古屋大学脳神経外科の歴史の重みと今までの同門のメンバーの活躍の華々しい足跡であります。これまでに同門が築き上げてきた歴史と伝統を更に1歩でも前進させ、より良い医局運営を目指していきたいと考えています。
 今後、将来の名大脳外科の発展のために、早急に整備しなければならない懸案事項は、多々あります。まず、第一に、多様化している脳神経外科領域の拠点化整備。第二には、人事異動の活性化。そして、第三には、研究活動の活性化と国際交流の積極的展開であります。

現在の名大脳外科の入院及び手術の動向をみると、どのグループも既に名大病院の入院及び手術枠が飽和状態となり、教室員が他病院へ出張して手術をしている状態が日常化しています。これを打破するためには、名大病院以外の拠点一本化を早急に整備し、名大病院でこなしきれない症例を、拠点に集中させて、名大病院に引けを取らない陣容と内容で最先端の手術を実施する体制を整備する必要があります。既に、小児脳神経外科領域はあいち小児保健診療総合センターに集約化でき、若手研修システムの稼働も順調に滑り出しています。さらに、神経内視鏡センターを名古屋第二赤十字病院に設立し、将来は、隣接地に新設予定の先端医療推進センターの主力構成員となって、神経内視鏡手術の発展と研修システムの構築を目指しています。また、名大脳外科腫瘍研修施設のみならず、総合上飯田第一病院等の比較的融通の効く中規模病院にも、新たに脳卒中センターを立ち上げ、名大病院では十分に対応できない、頭部外傷や脳卒中の救急研修システムの地域構築ネットワークシステムを目指しています。また、稲沢市民病院の新築移転に伴い、行政の全面的な支援の下、脊椎・脊髄センターを立ち上げ、症例を集中化して、研修施設認定を目指し、2016年度中に認証される予定です。既に、入院施設・診断機器・手術機器等の整備拡充もセンターの名に恥ずかしくないような積極的な行政支援が展開されており、中核施設としての位置づけが地域住民にも期待されています。今後更に、名古屋セントラル病院の術中MRIをより有効に利用しての術中画像誘導手術の活性化。その他、てんかんの診断及び治療のインフラ整備及び人材の充実(静岡県立てんかんセンター、名大「脳とこころの研究センター」)、機能的脳神経外科の拠点形成、脳血管内治療の拠点化、定位的放射線治療のセンター化と充実、等についても、近年中にめどを立てるよう鋭意努力を続けています。

第二の人事異動の活性化ですが、各グループ(脳腫瘍、脳血管外科、脳血管内治療、脊椎・脊髄、機能・てんかん、下垂体・神経内視鏡、小児・外傷)の業績及び活動の実態を調査した結果、若手の人材の成長が認められてきたので、全てのグループのリーダーを含めての若返りを図り、次世代型の名大脳外科陣容を目指しています。次期グループのリーダー或は中心的活動を担うメンバーとなったものには、自覚と決意を持って、研究、臨床、教育の更なる向上と新たな発展を目指して健闘してもらっています。

第三には、研究活動の活性化です。これは一朝一夕で出来るものではありません。これには、様々な要因がありますが、各グループリーダーの自覚と努力により、それぞれの関連する学会で積極的な臨床成果活動報告をし、その成果を英文論文に纏めて世界に発信することは、重要な責務であります。また、現在グループの狭間になっている、神経外傷、再生医療、細胞療法領域などの活性化については、まずは個人的な活動支援から進めていきたいと考えています。一方、基礎研究面では、世界をリードできる成果も数々出て来ており、この方面の活動支援は、今後の名大脳外科の世界への情報発信として極めて重要な課題と位置づけ、その研究を更に活性化するための対応策には特別な支援体制を敷き、名大独自のカラーを世界に向けて発信して行きたいと考えています。

小生が名大脳外科医局に入局したときの教授であり、私の恩師でもある景山直樹先生は、還暦を迎えられた時には、日本脳神経外科学会を始め、既に数多くの学会会長を歴任するとともに、時代の要請に呼応するように、日本脳腫瘍病理学会、日本脳血管内治療学会などを新たに立ち上げる一方、国際小児脳腫瘍シンポジウム(伊勢志摩)、国際脳腫瘍病理シンポジウム(琵琶湖)などを開催し、国内外の学術の進歩に大きく貢献されていました。また、地域医療の活性化と連携強化を図るために、中部支部会の組織化に尽力された一方、学術面では松果体部腫瘍の新たな概念の提案をし、脳腫瘍学の発展に大きく寄与されたり、下垂体腫瘍、とくにクッシング病の発育病理形態から経蝶形骨洞の手術の新たな技法を提唱するなど、学問的にも素晴らしい功績を次々と確立されていました。あの、緊張感漲る医局で、私と共に切磋琢磨して、医療や学問に激論を闘わせながら過ごした同世代のメンバーは、皆それぞれの場所で、それぞれに高い社会的地位を獲得し、日夜活躍しています。例えば、あのギラギラした眼差しで、今でも主に手術室で、日夜脳神経外科医としてメスを奮って患者さんの命を救おうと全てを投げ打って精進している者、医学教育者に目線を変えて後進の指導に主力を注ぎ込む者、病院の運営執行部となり医療現場最前線で施設の充実や職員の管理運営に尽力している者、地域医療のために開業して地域住民の健康を昼夜を問わず温かく見守っている者、回復期リハビリテーションや在宅医療の支援体制確立に尽力している者、また脳神経外科医からは大きくその人生の羅針盤を転換し、基礎医学、IT産業、行政、起業などの新天地で活躍する者など、正にその活躍の場は多種多様です。ただし、そのメンバーに共通して言えることは、還暦を迎える頃になっても、誰もまだ衰えなどどこ吹く風で精力的に活躍していることです。日本は、世界一の長寿国の一つになりましたが、その高齢化軍団は、未だ衰えることを知らず、超元気なのです。

しかし、時は確実に流れます。先日、小生も還暦を迎え、今までの自分の足跡を検証し、これからの進むべき方向性を考える機会がありました。日本脳神経外科学会の第1回の会長を務めた斎藤眞先生が大正6年に名古屋大学に着任してから、今年は99年目になります。その間、名古屋大学医学部脳神経外科の歴史と伝統を築き上げて来た先達の軌跡を基盤とし、今後の大きな夢に向かっての新たなる挑戦への布石と位置づけ、次の世代に向かわなくてはなりません。学術面では、「夢・新たなる挑戦」とのメインタイトルを掲げた第20回日本脳腫瘍の外科学会が、昨秋、名古屋で開催されました。また、景山直樹先生がその確立にご尽力された日本脳神経外科学会中部支部学術集会も名古屋大学が当番世話人となり、先日、第89回が名古屋で開催されました。その際には、杉田虔一郎先生が、その組織化にご尽力され、第79回中部支部会(平成22年9月;信州大学主催)から中部支部会と同時併催となった、脳神経外科医療に従事する医師と看護士の意見交換の場である第37回中部脳神経外科看護セミナー(旧:信州セミナー)も名古屋での開催となりました。これら学会開催を契機に、それぞれに新たな息吹を吹き込み、その後の学会のますますの飛躍に大きく貢献できるように斬新な企画運営に鋭意取り組んでいます。一方、医学教育面では、脳神経外科が主導となって医学部内組織化を諮ったCALNA(Clinical Anatomy Laboratory in Nagoya)の創設、各研修施設で学んでいる専攻医の帰局前教育システムの構築、脳神経外科新研修プログラムに対応しての同門への生涯教育プログラムの開講とその充実、研修医の専門医試験教育の充実を目指したカリキュラムの改正、大学院教育の充実のための国内外で活躍する著名人の招聘による「医学特論」開講、医学生教育に新たな工夫を凝らしての、座学、OSCE、Clinical Clerkshipに基づいた実践的臨床教育の推進と研修施設の臨床教授との連携による救急医療現場体験の拡充等、様々な観点から積極的に取り組んでいます。

小生の直近の恩師である吉田純名誉教授は、最近「温故知新」の重要性を提言するための随筆集、「古希を迎えて」を執筆刊行されました。その記載されている過去の実績内容の豊富さに改めて感嘆し、賞賛のお言葉を述べたところ、吉田先生は滔々と「次の進むべき夢」を語られて愕然としました。古希を迎えられても、吉田純先生の往年の勢いは留まるどころか、既に次の目標を見据えて日夜前進しつつあるのです。この勢いこそ、名古屋大学医学部脳神経外科同門の底力なのでしょう。

「枝葉はさらに広がり、その根はますます深まり、地中にその底力あり」。名古屋大学医学部脳神経外科の確実な歴史と伝統の構築の一歩を更に前進させてゆく所存です。皆様の、今後益々のご支援ご鞭撻を祈念申し上げます。