脳腫瘍グループ

術中MRIを用いた画像誘導手術

脳の内にできる腫瘍、例えばグリオーマは、しばしば言語・運動野及び高次脳機能に関わるeloquent areaという部位や脳の深い部分など、複雑な構造部位に発生します。そのような脳腫瘍に対しては、様々な脳機能を温存しながら、安全かつ最大限の脳腫瘍摘出を行うことが、脳腫瘍摘出における最も重要な点となると言えます。
しかしながら、実際グリオーマなどの悪性脳腫瘍は正常脳との境界が分かりにくいことも多く、その際無理に摘出しようとすると、誤って正常脳組織を損傷し術後に重篤な合併症が生じる危険性があります。また脳組織においては、脳脊髄液の流出や腫瘍除去に伴ってbrain shift(脳偏位)という変形が生じ、術前に設定したニューロナビゲーションの精度が低下してしまい、正確な病変の位置同定が困難となることがしばしば見られます。
その問題点を解決するために、名古屋大学医学部附属病院では2006年に術中MRIシステム・Brain THEATER(日立メディコ社製 0.4T中・低磁場オープン型MRI)を導入し、これまで500例を超える脳腫瘍手術に対して術中MRIを行ってきました。(図1)。外科医の経験と技術に頼って行われてきた従来の脳腫瘍摘出術と比べ、術中にリアルタイムに腫瘍位置の変動や残存腫瘍を把握することが出来るようになり、より精度の高い手術が可能となっています。

術中MRIを用いた画像誘導手術
<図1>

①術前評価

我々の施設では、全症例において術前MRI(T1WI, T2WI,造影T1WI, DTI, MRAなど), CT、また必要に応じて11C-メチオニンPET, FDG-PET検査を行い、これらをニューロナビゲーションシステム(BrainLAB iPlan® Cranial 3.0)に取り込み、融合させています。その画像情報に基づいて、腫瘍摘出予定部位の決定、温存すべき血管・神経線維の走行の把握など、綿密な術前プランニングを行っています(図2)。

術前評価
<図2>

②術中MRI

手術中、腫瘍の摘出が進み、術者がほぼ摘出できたと判断した段階で、手術達成度の確認およびナビゲーション画像データ更新のために、術中MRI撮像(T1WI,T2WI,T1WI造影など)を行います。術者が全摘出と判断した場合においても、脳内腫瘍の場合には先述のbrain shiftが起こるため、正常脳に隠れて腫瘍が残存していることもしばしば経験されます。その場合には、最新の術中MRI画像を術前画像と融合させて比較検討することで、残存腫瘍の位置を正確に評価し、再度摘出を行います。術中MRIシステムを用いることで、このようなわずかな残存腫瘍も残すことなく取り切ることが可能となります(図3)。

術中MRI
<図3>

覚醒下手術

我々は、言語・運動関連領域に存在する脳腫瘍、特にグリオーマに対して、覚醒下機能マッピング・モニタリングを用いた手術を積極的に行っており、2006年からこれまでで130例以上実施してまいりました。
グリオーマは腫瘍と正常脳組織の境界が不明瞭なため摘出が難しく、特に運動野や言語野、その他高次機能関連領域に浸潤した腫瘍の場合、術後にそれらの脳機能を落とすことなく最大限の腫瘍切除を行うためには覚醒下手術が非常に有用です。覚醒下手術は脳神経外科医師のみで行うことは困難で、覚醒下手術麻酔に精通した麻酔科医、言語タスクや高次脳機能の評価を行う言語聴覚士や作業療法士を含めた覚醒下手術チームの協力が得られてこそ、安全かつ有用に実施できる手術であると考えています。

①術前評価

当院では術前評価として、Diffusion Tensor Imaging (DTI) fiber trackingによるtractography, 機能的MRI、また術前高次機能評価 としてWechsler Adult Intelligence Scale (WAIS-III), Standard Language Test of aphasia (SLTA), Welchsler Memory Scale Revised (WMS-R) を全例に行っています(図4)。

術前評価
<図4>

②覚醒下マッピング・タスクのバッテリー

皮質・皮質下マッピングのタスク・バッテリーとして、視覚性呼称課題, 数唱課題, 聴覚性理解課題を用いています。さらに腫瘍の場所によっては、復唱課題, 音読課題, 書字課題に加え、line bisection task, 非言語性のsemantic process評価のためのThe Pyramids and Palm Trees Test (PPTT)も随時行っています。術中のタスクは、基本的に言語と上肢の運動を同時に行うdual taskとしています(図5)。

覚醒下マッピング・タスクのバッテリー
<図5>

③代表症例1

60歳男性。左頭頂葉腫瘍症例において、摘出腔前内側上方で皮質下刺激を行ったところ、呼称課題で意味性錯語、音読課題において音読停止、また書字課題においては課題提示時点から刺激すると全て書けない、課題提示時直後に刺激すると書字の途中で停止するという所見を認めました。その他、復唱課題, PPTTでは異常を認めなかったものの、聴性理解課題においても保続が出現しました。この部位を摘出限界と判断し、これ以上の深部の摘出を行わないこととしました。術後、この摘出限界部位のDTI fiber tractographyを描いた結果、書字・音読に関わる下前頭後頭束(IFOF, inferior fronto-occipital fasciculus)の一部であることを発見できました(図6)。(Motomura K. et al. J Neurosurg 2014)

代表症例1
<図6>

④代表症例2

海馬に対する手術アプローチとしては、内側側頭葉てんかん(medial temporal lobe epilepsy: MTLE)手術で用いられる選択的扁桃体海馬切除術が基本的な方法ですが、海馬および海馬傍回の後方病変については到達が困難とされています。
症例は39歳女性。左海馬体部の小出血にて発症し、海綿状血管腫からの脳出血と診断されました。その後、てんかん発作は認めず外来でフォローアップを行っていましたが、発症2年後から徐々に海綿状血管腫の増大を認めるようになりました。頭痛以外に記憶障害も出現し、MRI画像上も最大径40mmとなり海馬尾部・海馬傍回後方まで進展してきたため、摘出術を行う方針となりました(図7)。

④代表症例2
<図7>

fMRIでは優位半球側は左側であり、術前のWAIS-III知能検査は正常範囲内であったものの、WMS-Rにおいて言語性記憶91, 視覚性記憶87と低下を認めました。さらに記憶検査においては、聴覚提示, 視覚提示共に干渉課題を行うと正答率が極めて低下しました。
血管腫に対するアプローチルート決定のため、覚醒下手術にて皮質マッピングにより言語野を同定することとしました。言語症状を認めない中側頭回に皮質切開を行い、側脳室下角へ到達し、海馬体部から海馬傍回を中心とした海綿状血管腫を全摘出することができました(図8)。

④代表症例2
<図8>

術後、言語機能を含む神経症状の悪化は認めず、軽度の単語想起障害を呈したものの、言語性記憶は聴覚提示, 文字提示とも大きな変化は認めませんでした。本症例では、海馬・海馬傍回後方に存在する大きな海綿状血管腫に対して、アプローチルートとして言語野を同定することで安全に摘出することができました (図9) 。
(Iijima K, Motomura K. et al. Acta Neurochir (Wien). 2017)

Iijima K, Motomura K. et al. Acta Neurochir (Wien). 2017
<図9>

術中MRIと覚醒下手術の統合

低悪性度Grade IIのグリオーマは、高悪性度Grade IVの膠芽腫と比べ、補足運動野や島回などの機能的部位に有意に多く発生すると言われています。またGrade IIグリオーマに対して90%以上の腫瘍切除率が得られた場合、 5年生存率 97%, 8年生存率 91%と良好なのに対し、90%以下の腫瘍切除率の場合には、5年生存率76%, 8年生存率60%程度となることが報告されており、Grade IIグリオーマに対する手術摘出の重要性が指摘されています。
当科では、言語・運動野だけでなく高次機能に関わるeloquent area 近傍に発生するGrade IIもしくはIIIグリオーマに対して、その脳機能を温存しながら安全に腫瘍摘出を行うことを目的に覚醒下手術下に脳機能マッピングを行っていますが、さらに術中MRIを用いて摘出可能な残存腫瘍を評価することで、腫瘍の最大限の摘出にも取り組んでいます。
当施設で覚醒下手術および術中MRIを用いて摘出術を行ったGrade IIもしくはIIIグリオーマ症例中、術中MRI後に追加切除不要と判断された例での摘出度は95%以上でした。また術中MRI後追加切除が必要と判断された例では、追加切除により最終的にはほとんどの症例で90%以上の切除率が得られました。いずれの症例においても永続的な運動・言語症状など重篤な神経脱落症状は認めていません。(図10)
(Motomura K. et al. J Neurosurg 2017)

術中MRIと覚醒下手術の統合
<図10>

名大病院における、覚醒下手術と術中MRIを用いた脳腫瘍手術について、2017年4月2日読売新聞に掲載されました。

2017年4月2日 読売新聞掲載(読売新聞社許諾済み:1170477)