「International Agency for Research on Cancer (IARC), WHO留学記」本村和也

国際がん研究機関・International Agency for Research on Cancer (IARC)留学記2011-2012


【氏名】本村和也(平成14年卒)

2011年10月より2012年9月まで、フランス・リヨン(Lyon)にあります国際がん研究機関・International Agency for Research on Cancer: IARC (以下IARC)にpostdoctoral fellowとして留学しました。

IARCは、世界保健機関(World Health Organization: WHO)の組織の一つであり、主に各臓器の腫瘍の「WHO分類」を記載した、いわゆるBlue Bookを出版しています。特に、私が所属したSection of Molecular Pathologyでは、Group headのDr. Hiroko Ohgakiを中心として、脳腫瘍のWHO分類を作成しています。

私の研究は、日本での大学院、学位取得時より、主に初発膠芽腫の遺伝子解析を中心としたものでありました。また、標準治療抵抗性の悪性脳腫瘍の未知・既知のバイオマーカーのゲノミクス、エピゲノミクスを統合した解析を中心に行ってきましたので、これからさらにこの領域の研究を深め、世界レベルでの舞台を実際に経験したいと常々思っていました。

Dr. Ohgakiラボでは、世界各国からWHO に集めた何百、何千検体というパラフィン脳腫瘍組織を用いて、主に悪性神経膠腫の遺伝子解析を中心とした研究を行っているということを学会や論文を通じて知り、2011年3月のIARCでのinterviewを経て、今までの日本での研究成果を報告することでpostdoctoral fellowとして認めて頂きました。私は一次性膠芽腫 (Primary glioblastomas)と二次性膠芽腫 (Secondary glioblastomas)にほぼ同頻度で存在する染色体10番欠失 (10q loss)に着目し、その10q領域に存在する、ある遺伝子の遺伝子変異が、より低悪性度のdiffuse astrocytomaではどうであるか、また予後との相関はあるかどうか、など中心に研究を進めました。幸い研究も順調に進み、1年間で2本のJournal (Motomura K. et al. J Neuropathol Exp Neurol. 2013, Motomura K. et al. J Neuropathol Exp Neurol. 2012) にアクセプトされました。

リヨンは大変趣き深い街で、妻も私も大変気に入りました。リヨンはローマ時代から栄えた2000年以上の歴史を誇るフランス第2の都市であり、ローヌ川とソーヌ川の2つの川から成るプレスキル半島地区(Presqu’ile)には、ルイ14世像やサンテグジュペリの像のあるベルクール広場もあります。街からはフルヴィエールの丘が望め、そこにはこの街のシンボルでもあり、光の祭典 (Fete des Lumieres)では中心的役割を果たす、フルヴィエール大聖堂があります。また、旧市街地には美しい中世の街並みが残されており,ユネスコ世界文化遺産に登録されています.


渡仏後は、なかなかマンションが見つからず約1か月のホテル暮らしを強いられ、1歳に満たない息子や妻には大変苦労をかけました。また、言語に関しては、IARCはinternational institutionであるため、すべて英語で会話が行われるのでラボ内ではそう困ることはありませんでしたが (Native speakersは少なく、ほとんど母国語が英語でない人たちばかりなので)、普段の生活にはやはりフランス語が必要でした。例えば、スーパーでシャンプーや洗剤一つ買うのにも、何と書いてあるのかさっぱり分からず戸惑います。その中でも最も大変なのは、トラブル時の対応でした。例えば私たちの場合、マンションに入居してすぐに玄関のドア鍵が壊れ、家主と交渉するのは本当に苦労しました。フランス語という言語の壁によってなかなかこちらの考えが伝わらない、また相手の意見も分からない、しかしこのような時に、数多くの方々に助けて頂き、あらためて私たちは様々な人たちの支えによって生活しているのだと実感致しました。日本では当たり前にできたことが異国の地ではなかなか難しく、日本では予想もしない事態に直面してしまうなど、海外生活での苦難の中で、生きていく力強さを身につけると共に、また家族で力を合わせ助け合いながら、『絆』というものを深めていけたのではないかと思います。

最後になりましたが、このような貴重な留学経験の機会を許して頂いた若林俊彦教授はじめ脳神経外科医局の皆様、諸先生方、そして、留学の機会を作ってくださった吉田純名誉教授、夏目敦至准教授にこの場をお借りして深く感謝致します。