「University of Pittsburgh留学記」大野 真佐輔

University of Pittsburgh留学記

【氏名】大野 真佐輔(平成12年卒)

ピッツバーグでの滞在も一年を過ぎた頃、脳神経外科医を志す大学生に、「何でマサ(わたくしのアメリカでのニックネーム)は脳神経外科の専門医資格を持っているのにアメリカに研究しに来ているんだ?」と聞かれたことがありました。研究をしたり論文を書いたりすることがメディカルスクールに入り脳神経外科医になるための通過点と考えている大学生にはKing of Surgeonと呼ばれる脳神経外科専門医がわざわざ安定した収入を得られる母国を離れてポスドクとしてアメリカに来ている意味が理解できなかったようです。あまりにアメリカ人らしい合理的な疑問に当時は「研究が楽しいからだ」とぐらいしか答えることができなかったのですが、留学を終えた今では自信を持って答えることができるでしょう。

滋賀医科大学医学部を卒業し、親の希望で故郷に帰ることを決め、名古屋近郊の総合病院で研修医をすることになった私は、まもなく良き先輩の導きにより脳神経外科を専攻し、そのまま名大脳神経外科に入局することになりました。 良き師に恵まれ5年間その病院で手術に明け暮れた後、帰局し大学院生となり、一年半ほど大学病院で病棟医や地獄の病棟チーフを務めた後、脳腫瘍グループに入り研究生活が始まりました。結果として研究に携わった期間は7年と臨床に携わった期間より長くなることになります。

大学院生時代には臨床医学から基礎医学までさまざまな研究をさせていただきましたが、最後に神経膠芽腫に対するChimeric Antigen Receptor (CAR)による遺伝子改変養子免疫療法(CAR-T細胞療法)の研究に行き着きました。CARは腫瘍特異抗原に対する抗体とT細胞の活性シグナルタンパクを融合させた人工レセプターのことです。CARを発現したT細胞はMHCに依存することなく腫瘍を認識、破壊し、かつCARに組み込まれた副刺激がT細胞の強力で非依存的な自己増殖を助けます。免疫療法の最先端とも言える領域で、遺伝子導入技術や免疫療法のノウハウ、腫瘍特異的モノクロナール抗体の開発など、当講座に脈々と受け継がれる財産があってこそ実現しうる研究であり他の施設ではそうやすやすとまねができません。予後の悪い神経膠芽腫に対する治療のブレークスルーを求めて研究に没頭しました。

さてこの研究が縁で大学院を卒業し博士号を取得した後、ピッツバーグ大学医学部神経外科の岡田秀穂教授のラボに2009年から2年間留学することになりました。留学をするに当たりまず行ったことは一旦インタビューのために渡米することでした。一時間にわたる英語でのプレゼンテーションが待ち構えておりましたので3か月前からスライドを作成し、英文原稿を作成し、英文を校正し、仕上げに一時間にわたる原稿を丸暗記しました。英語が苦手な私にはかなりつらいものになりました。帰りの電車やふろの中で毎日原稿をぶつぶつつぶやいていたのを思い出します。

2年間の研究留学は充実したものでした。24時間完全に研究に没頭でき、生活費を稼ぐためにバイトをする必要はありません。しかしながら成果を持ち帰ることなく帰国するわけにはいかないプレッシャーもありずいぶん忙しい研究生活をしていました。英語でのディスカッションや学会での討論は英語の苦手な私には大変なプレッシャーであったとともによい思い出となります。

留学の魅力はなんですかと聞かれたら十人十色の答えが返ってくると思います。アメリカ社会にふれ、アメリカの研究文化に触れ、アメリカの臨床の実態を垣間見て様々な知見が得られることは間違いありません。私の場合、アメリカの社会、研究、医療は日本に比して優れているという先入観がありました。しかしながら逆に日本の社会の良さ、日本の研究の良さ、日本で医師を生業とすることがいかに恵まれているかを再認識させられることになりました。そして名大脳神経外科の同門が積み上げてきた財産がいかに大きく、そこで働いていくことは恵まれているのだなと思うようになりました。これらを再発見した理由を言葉で言い表すことは大変難しいと思いますが、得られた知見はわたくしの大切な財産になっております。現在は研究を離れ、臨床に日々没頭していますが、私の毎日の臨床生活を楽しく活気あるものにする原動力にもなっています。

そのようなわけで後に続くことになる皆様には留学をお勧めします。わたくしの場合、遺伝子工学、免疫療法に興味がありそれに没頭できたこと、その研究を可能にした過去の財産が医局にあったことが留学の機会につながりました。名大脳外科同門が積み上げてきた幅の広い研究と臨床の成果の中にきっと先生方が没頭できるような分野が見つかるはずです。頑張ってください。