「University of Pennsylvania留学記」倉光俊一郎

University of Pennsylvania留学記

【氏名】倉光俊一郎(平成17年卒)

2017年より3年あまり、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアにありますUniversity of Pennsylvania (UPenn)のCenter of Cellular Immunotherapies (CCI)にpostdoctoral fellowとして留学をさせていただきました。大学院時代に脳腫瘍グループで夏目先生、大野先生のご指導の下神経膠芽腫に対するCAR T cell therapy (遺伝子改変T細胞療法)の研究に従事させていただき、腫瘍免疫分野では知らないもののいないCarl June Labに留学させていただく機会をいただきました。

CCIはDirectorのCarlの下にCarlから独立した弟子たちや世界各国から集まった精鋭が各々Laboを持ち、またNovartisと共同設立したCAR T cell工場が併設され、そちらでは製品管理やClinical Trialに関わる研究を統括する部門などがあり、さながら一つの大企業のようでした。しかしLabo同士の敷居は非常に低く、お互い競争しながら、助け合って高めあっていく素晴らしい環境でした。

UPennでは膵臓癌に対するanti-mesothelin CAR T cell therapyのclinical trialの患者サンプル (腫瘍、末梢血)のCAR T cellの解析、膵臓癌におけるanti-mesothelin CAR T cell exhaustion in vitro modelの確立という2つのテーマをもらい、2018年にはSITC (Society of Immunotherapy of Cancer)のyoung investigator育成を目的としたMETIOR Incubatorというプログラムに応募して幸運にも選出され、計3つの仕事に没頭しました。Clinical trialは臨床チームと3つのbig lab (June lab, Shelley Berger lab, John Wherry lab)の巨大なcollaborative studyということもあり、一つのtrialを行うためにどれだけ多くの人間が関わっているか、どれだけの苦労が必要かということを思い知らされ、自分の手にした患者サンプルの貴重さに手が震えました。T cell exhaustion/dysfunctionは固形がんに対するCAR T cell therapyを含めた全ての免疫療法における課題であり、そのin vitro modelを確立しCAR T cell dysfunctionのメカニズムと新たな特徴について近く論文化する予定です。SITCのprojectでは他大学 (Baylor, St Jude)や企業 (BTG International Inc)から選出された5人でteamを組み、著名なMentorの指導の下与えられたfundを使ってゼロからprojectを立ち上げ、1年で成果を発表するというものでした。苦手なtele-conferenceを繰り返し、我々はImmuno-oncologyに特化したリソース(臨床検体やpreclinical model)のデータバンク(Virtual ImmunoTherapy Connection ;VITC)を立ち上げました(http://vitc.sitcancer.org)。現在データベースはSITCのwebsiteに組み込まれ、運用が開始されています。

2017年にはCAR T cell therapyが血液がん領域でFDAにより認可されるという歴史的な瞬間に立ち会うことができ(写真)、また翌2018年にはCarlがアメリカ医学界で最も権威のあるAlbany Medical Center Prizeを受賞するという、20年あまりにわたるCAR T cell研究が一つ形となった時期にその場にいることができたのは本当に幸運でした。がん免疫療法は長年ある種のいかがわしさがつきまとっていましたが、Immune checkpoint阻害剤とCAR T cell therapyの出現で大きく様変わりしています。日本では高い医療費ばかりがフォーカスされてしまいますが、コンピューターも車もはじめは高額でしたがその後我々庶民にも手の届くものになりました。その治療の本質を是非見ていただければと切に願います。

Scientistとしてだけでなく人間として尊敬するCarlやlab directorのGina、世界中から集まったpost-docやgraduate studentの素晴らしい仲間たちと働くことができたことは一生の財産となりました。Immunologistとしての目線を持つ脳外科医は多くないはずなので、今後はその個性を生かして研鑽を積んでいければと思っています。

最後の最後にコロナウイルスに翻弄され若干トラウマ的な体験をしたことは余計でしたが、これも笑い話にできる世界が早くくることを祈っています。

最後になりましたが、このような貴重な留学の機会をくださった若林俊彦教授、夏目敦至准教授をはじめ脳神経外科医局の諸先生方にこの場をお借りして心よりお礼を申し上げます。