「St. Michael’s Hospital, University of Toronto留学体験記」灰本章一

St. Michael’s Hospital, University of Toronto留学体験記
~Clinical Fellowship in Spinal Neurosurgery~

【氏名】灰本章一(平成19年卒)

2016年7月より1年間、カナダトロント大学の関連病院であるSt. Michael’s Hospitalにてclinical fellowとして臨床診療に従事させて頂きました。
留学のきっかけは、脊髄グループリーダーの西村由介先生に、留学先のsupervisorであるDr. Ginsbergをご紹介頂いたことでした。私が留学希望の意思を先方へ伝えると、すぐにトロントへ施設見学に行くことになり、脳神経外科のモーニングカンファレンスで発表をするよう言われました。スタッフやレジデントの前で40分間、名古屋大学脊髄グループの特徴や診療実績について英語で発表を行いましたが、大変緊張しましたし、また、発表前日の夜中まで必死に英語原稿の準備をしていたのを記憶しています。当時は無我夢中で発表をしただけですが、今振り返れば、あの発表を通して私の英語力が試されていたのだと思います。トロント大学脳神経外科の臨床研修システムの特徴は、clinical fellowを世界中から募集していることです。母国での脳神経外科専門医資格を有し、かつ、国際基準の英語能力測定試験であるTOEFLに合格しますと、provisional medical licenseを取得でき、実際の臨床業務に従事できます。世界的にみても、当国の医師国家試験を受験せずにmedical licenseを取得できる国・大学は少なく、国際教育に力を入れているトロント大学脳神経外科ならではのシステムです。実臨床では当然ながら、外来での問診から治療方針のdiscussion、手術執刀、レジデントの教育まで、全て英語で行われます。勤務初日から外来、手術業務は待ったなしで始まり、患者さんや医師、コメディカルと英語でコミュニケーションを取らなければなりません。そのため、非英語圏の国からclinical fellowを受け入れる際に先方が最も懸念するのは、何といっても言語の問題です。日本で暮らしていると英語を日常的に話す機会は限られているため、留学(特に臨床留学)を志す先生は、日頃から意識して英語に触れ、慣れておくことが極めて重要であると思います。

私が留学を通して一番驚いたのは、トロントと日本での脳神経外科の医療システムの違いです。日本では、比較的容易に脳神経外科専門医による診察や手術を受けることができますが、トロントでは、都市圏人口500-600万人の大都市であるにも関わらず、脳神経外科を有する基幹病院が、私が勤務していたSt. Michael’s Hospital含めわずか4施設あるのみで、他の民間病院やクリニックには脳神経外科医はおりません。そのため、脳神経外科へのアクセスが非常に悪く、専門医を受診するまでに数ヶ月、長い場合は1年以上の待機期間を余儀なくされる患者さんがたくさんおられます。患者さんからすれば大変迷惑なシステムですが、医療の側面から考えますと、症例が基幹病院に集約されセンター化しますので、大規模な臨床・基礎研究が行いやすいという利点があります。事実、研究面ではトロント大学が世界の脳神経外科をリードしているといっても過言ではありません。また、脳神経外科の手術件数は、各施設それぞれ約2000件/年に上りますので、医師の教育・育成においても大きな利点があります。レジデントは短期間で多くの手術を経験できますので、目を見張るほどの速さで成長していきます。手術の対象疾患についても、日本とは異なる部分があります。欧米では脳神経外科でspine surgeryを担当することが一般的ですので、年間2000件の手術のうち、実に約4割(800件)がspine surgeryでした。Spinal disorderには、神経疾患でありながら骨軟部組織の疾患でもあるという二面性があり、脳神経外科のほか整形外科でも手術治療が広く行われていますが、北米では脳神経外科と整形外科の間の垣根がなく、ほとんどのspine surgeonは脳神経外科と整形外科双方でトレーニングを受けています。これは、Spinal disorderの二面性を理解し適切に治療を行ううえで極めて重要なことで、素晴らしいシステムだと感心致しました。

Dr. Ginsbergは北米で著名なspine surgeonであり、ナビゲーションシステムを用いたspinal instrumentationや術中脊髄超音波を駆使した神経除圧手技の開発、指導を行っており、とりわけ、脊椎ナビゲーションの分野では第一人者で、世界中で若手医師の育成に当たられています。彼のもとで、1年間で約250件の手術を執刀、またはレジデントの指導という形で経験させて頂きました。1年は決して長い時間ではありませんでしたが、彼のspine surgeryに対する哲学から実際の手術手技まで、数多くの症例を通して学ぶことができたのは、私にとってかけがえのない貴重な経験であり、spine surgeonとして大きく成長させてもらったと実感しています。また、自分より若いレジデント達と一緒に仕事ができたことも、大変刺激になりました。トロント大学脳神経外科のレジデント枠は年間わずか4名に制限されており、とても狭き門になっています。人数が少ない分一人当りの仕事量は多くなり、激務に追われる訳ですが、彼らのvitalityには頭が下がることが多々ありました。

異国での生活を通して母国とは異なる文化に触れることができるのも、留学の大きな魅力の一つだと思います。カナダ人は仕事のオンオフがはっきりしていて、オフの時間や家族と過ごす時間を大事します。子供の授業参観日に親が仕事を休むことは日常的ですし、日本での常識が覆されることはとても新鮮な体験でした。Dr. Ginsbergは、仕事以外では私に対して友人のように接してくれ、頻繁に外食やスポーツ観戦(アイスホッケー、メジャーリーグなど)に連れて行ってくれました。また、英語が全く話せない私の妻や息子たちをいつも気にかけてくれたことには、大変感謝しています。留学前は、私自身も家族も慣れない異国での生活に不安を覚えていましたが、留学の終わりが近づくと、家族皆そろって「まだトロントにいたい。」と話すようになったのは意外でした。何事にも挑戦し、経験することの重要性を改めて思い知らされた次第です。

今後は、名古屋大学脳神経外科とトロント大学脳神経外科の交流関係がさらに深まるよう、微力ながら貢献していきたいと考えています。
最後に、このような貴重な機会を与えてくださいました若林教授はじめ名古屋大学脳神経外科同門の諸先生方、またDr. Ginsbergを紹介してくださった西村先生に、この場を借りて心より御礼申し上げます。